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有理数と実数の構成から、可換環論をのぞき見してみる

本記事は、数学のごく基本的な知識(集合の素朴な定義、同値関係と商集合、コーシー列)を知っておけば読めるようになっています。

 

まず、整数環は定義済みとして考えましょう。厳密に言えば、はペアノの公理という公理から定義されるものなのですが、そこまで行くと数学基礎論の話になってしまいますし、現時点で私自身そこまで詳しくないのでお許し下さい。因みに、集合や写像という数学的対象も、「何かの集まり」などと素朴で曖昧に定義されるようなものではなく、ツェルメロ・フレンケルの公理系で定義されるものです。現代数学は基本的に、ツェルメロ・フレンケルの公理系に選択公理を付け加えたZFC公理系というものを基礎にしています。

 

有理数体の構成

 

さて、まず有理数体の構成から入ります。有理数体の構成は、実は一般の可換環に対する局所化という操作の特別な場合です。では環の局所化とは何かについて説明しましょう。環の局所化とは、直感的に言えば元の環の分数全体にいい感じに環の構造を持たせることです。

 

まず、環の部分集合が積閉集合(或いは乗法的集合などとも)であるとは

なら

 

の二条件を充たすことです。

 

例を挙げましょう。ならを充たす環のことを整域と言います。も整域です。整域に於いて、は積閉集合になります。の場合で確認してみてください。

 

そこで、の元に対し、あるがあって

となるとき、と定義します。これが同値関係であることを確かめましょう。反射律と対称律は明らかです。であるとします。即ち、があって

が成り立っているとします。一番目の式に、二番目の式にを掛けると

のようになり、よって

を得ます。は積閉集合であったのでであり、よってであることが分かり、推移律を充たします。もしが整域なら、わざわざこんな定義をしなくても

なら

が言えてしまうので、これを定義にしてしまっても問題ありません。有理数の場合なら、例えば

に対する

に対応します。上に定義した同値関係によるの商集合をと書き、その元をの代わりに

と書くことにしましょう。はただの集合ではなく環の構造を入れたいので、以下に和と積を定義します。つまり

とします。上の演算が矛盾なく定義されるには代表元の取り方に依らないことを示さなければなりません。是非ご自分でご確認ください。

 

このように、環とその積閉集合から、元の数を増やして新な環を作る操作のことを、環の局所化と言います。

上にも書いたように、の積閉集合です。によるの局所化を、と書くことにします。現時点で、には環の構造が入っていることしか分かっていません。しかし、の零でない元には逆元が存在します、即ち

であるとするならば、があって

が成り立たないといけませんが、は整域なので、これはの場合しか在りえません。つまり、の零でない元は、常にとして

の形をしています。

なので、これは即ち、の任意の零でない元に対して逆元が存在していることを言っています。つまり、はただの環ではなく、体であることがわかりました。この議論はに対するのみならず、任意の整域に対する積閉集合による局所化に一般化できて、そのように構成された環のことを、整域の「商体」と言います。要するに、の商体です。

 

からへは、対応により足し算と掛け算の構造を保ったまま埋め込むことができます。

 

実数体の構成

 

今までの議論で、整数環から有理数体が構成できました。しかし、は解析学の展開できる場としては不十分です。つまり、任意のコーシー列が収束先を持つとは限りません。これを、完備ではないと言います。そこで、完備である実数体から構成します。実数体の構成には、デデキント切断と言う方法と、直感的に言えば「コーシー列そのものを数とみる」という二つの方法があり、後者の方が一般的な議論ができて、しかも比較的に直感的なので、ここでは後者の方だけ説明することにします。

 

の元には、距離が定義できます。数列がコーシー列であることの正確な定義は

でした。が完備ではないとは、の任意のコーシー列が収束先を持つとは限らないということです。

 

距離の定義された集合のことを、距離空間と言います。(もっと言えば、距離が定義されれば距離位相が入るので、位相空間としてその集合を「空間」と呼びます。)一般の距離空間のコーシー列、即ちからへの写像で、

となっているもの全体をと書くことにしましょう。に於ける同値関係を

で定義します。この同値関係による商集合を、の完備化と言います。の元の和やスカラー倍は、自明な方法により定義します。つまり

および

とします。の元に対し、の元を対応付けることで、足し算と掛け算の構造を保ったままに埋め込まれれていると考えることができます。要するに、の上に定義した距離による完備化であって、に埋め込まれている、即ちのある部分集合があってと同一視できます。からへの対応と合わせて、このように、「足し算と掛け算の構造を保ったままある環を別の環に埋め込む」という概念は任意の環に対して一般化でき、これを「環の準同型」と言います。つまり、環からへの写像が準同型であるとは

を充たすことです。今までは、環の構造を保ったまま「埋め込む」、即ち単射である場合だけ考えてきましたが、一般には準同型は単射である必要はありません。