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1量子ビットに対するユニタリ演算がブロッホ球に於ける回転で解釈できることの数学的に厳密な説明

ブロッホ回転

ここでは、定数倍を同一視した二次元ヒルベルト空間に対するユニタリ作用素の作用が、三次元球に於ける回転として直感的に解釈できることの数学的に厳密な説明を行います。

 

まず、ヒルベルト空間とは、内積の定義された完備な(任意のコーシー列が収束する)(或いは)ベクトル空間のことを言います。特に、量子計算に於いては、基本的に有限次元(さらに言うと、次元が二の累乗で書ける)ようなヒルベルト空間しか扱いません。

任意の次元ヒルベルト空間は対応(ここで、の正規直交基底)によりと同型なので、この対応により対応するのベクトル同士を同一視します。以下、全体で定義されたへの作用素を、上の作用素と呼ぶことにします。上の任意の作用素に対し、成分とする次元正方行列を対応させることができ、これによって上の作用素を次元正方行列と同一視して、線型作用素の行列表現と言うことにします。

ところで、上のユニタリ作用素は、その定義から次元ユニタリ行列で表現されます。線型代数学に於いて、任意のユニタリ行列に対し

となるエルミート行列が存在することが知られています。以下、特に二次元ヒルベルト空間上のユニタリ作用素は、そのベクトルに対してどのように作用するか考えてみましょう。

 

量子力学の公理により、ある物理系を記述するヒルベルト空間の定数倍は状態ベクトルとして同一視されます。また、観測確率に関する公理により零ベクトルは状態ベクトルとしてあり得ません。そこで、に対し、その元の定数倍を同一視する同値関係による商集合をと置き、これを複素射影ヒルベルト空間と呼ぶことにしましょう。物理状態はの元によってではなく、の元によって指定されます。また、上で定義されたの像に零ベクトルを含まない作用素の全体(即ち、作用素の核が。線型作用素の場合なら、この条件は単射であることと同値です。)は、その定数倍を同一視した商集合を考えることで、その元はの元に作用すると考えることができます。そのような商集合の元を、で定義されたへの作用素と呼ぶことにしましょう。に於いて、射影演算子と呼ばれる、ベクトルの同値類に上の作用素を対応付ける写像を考えます。この写像により対応付けられる作用素は、代表元の選び方に依らずにの元を写すことが容易に確認でき、矛盾なく定義されていることが分かります。以下、混乱の懼れはないのでベクトルの同値類も単にと表記することにします。

 

この記事では、特に以下、標準基底によるの同一視を考えます。これからと複素射影空間の間の全単射が得られるので、特に一つ目の成分が実であるような代表元を選べば、任意のとして

と一意に表現できます。また上の作用素の全体も同様に二次元複素正方行列で表現できて、例えば

のようになります。とする写像は、この形から単射であることが分かるので、の任意の元の代わりに集合の元を考えても良いことが分かります。さらに

のように表現される、総称してパウリ演算子と呼ばれる上の線型作用素を用いれば

(正確に言えば、上式の右辺の同値類)というふうに整理でき、は二次元複素行列の全体を加群と見た時の基底となることを考慮すれば、この式はの元と単位球の元との一対一対応がつくことを言っています。この対応によるの元の表現を、物理学の方面ではブロッホ球による表現と呼びます。要は、一次元複素射影空間と三次元球の間には全単射が存在するというごく当たり前のことです。

 

量子力学の公理により、状態ベクトルの時間発展はユニタリ作用素で記述されますから、上のユニタリ作用素がどのように状態ベクトルに作用するのか直感的に把握できれば便利です。上に述べたように、ユニタリ行列はエルミート行列を用いての形にできます。

ところで、を充たすの元として

で定義される上の線型作用素について

の指数函数の肩の部分を具体的に書き下してみると

となります。

(因みに、一般のヒルベルト空間の間の作用素に関して、有界作用素ならばその指数函数が作用素ノルムの意味で収束(これを一様収束と言います)するテーラー級数によって矛盾なく定義されることが知られています。さらに、有限次元ヒルベルト空間の間の線型作用素は常に有界です。またノルムは定義により非負値なので、一様収束は実数空間に於ける絶対収束のようなものであり、級数の並べ替えも問題なく行えます。)

ここで、任意のエルミート行列が与えられた時、としようと思うと、まずの対角成分は実数ですからの値は決まります。次に、連立方程式

の解は一意に決まるので、これは即ち、およびの値を指定することで任意の上のユニタリ作用素はとして与えることができることを言っています。また、上のユニタリ作用素は等長作用素(すなわち、ベクトルのノルムを変えない)なので、その同値類は上の作用素になります。

 

以上の準備の下で、の元を作用させるとどうなるかを、で与えられる一対一対応を通して考えることにしましょう。当然、この対応によりとなるので、

を地道に計算すればよいことになります。まず、第一項目については

となり、二項目については

三項目については

 

四項目については

よって

となるので結局、写像の逆写像により、

と対応し、左側の行列はまさに、を軸とする角度の回転を表す行列そのものなので、の元に対しブロッホ球の軸周りに回転させるように作用するという直感的な描像が得られます。