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ヒルベルト空間のテンソル積に関する数学的に厳密な説明

ヒルベルト空間のテンソル積の数学的に厳密な説明

量子系の記述にはヒルベルト空間が附随しますが、二つの量子系を同時に記述するには、ヒルベルト空間のテンソル積というものを考えます。ヒルベルト空間のテンソル積とは、要するに代数的テンソル積を、内積から誘導される距離によって完備化したものです。その直感的な理解と応用に関しては物理の本に任せるとして、ここではヒルベルト空間のテンソル積について数学的に厳密に理解していきましょう。

 

まず、ヒルベルト空間とは要するに、内積の定義された、その内積から誘導される距離に関して完備な(または)加群のことでした。またヒルベルト空間の同型とは、加群の同型に関する条件に加えて内積を保存する、即ち計量同型の意味であって、計量同型を与える全単射をヒルベルト空間のユニタリ作用素と言うのでした。

 

代数的テンソル積

 

まず、体上の加群(ベクトル空間)に限らず、一般の可換環上の加群について、以下の定理が知られています。証明は、環や加群に関する代数学の本を見れば大体載っていると思います。双線型写像とは何かについて定義しておきます。

 

定義:

加群とする。双線型であるとは、任意のに対して

の三つの条件を充たすことである。

 

定理:

加群とする。この時、次の性質を持つ加群双線型写像が存在する。即ち、任意の加群双線型写像に対して、を充たす唯一の双線型写像が存在する。また、このようなは同型を除いて一意に定まる。

 

上の定理によって一意的に存在することが分かった加群のことを、の代数的テンソル積と呼びます。実際に証明の構成を見ればほぼ自明ですが、の任意の元はと言う形の元の線型結合で書け、また以下の性質が成り立ちます。

 

実は、以下の命題が示せます。

 

命題

は加群の直和を表すとして、からへの対応

は同型である。

 

命題

自身を加群と見た時、からへの対応

は同型である。

 

感覚を摑む為に、これらの命題を用いて有限生成自由加群のテンソル積がどんな加群と同型になるかを考えてみましょう。結論から言うと、となります。

 

証明)

命題により

である。これを繰り返すことにより

を得る。

 

ヒルベルト空間のテンソル積

 

さて、今までは任意の可換環上の加群の代数的テンソル積を考えましたが、ヒルベルト空間はただの加群であるばかりではなく内積が定義されていて、さらにその内積から誘導される距離に関して完備でなければなりませんでした。任意の有限次元ヒルベルト空間は或いはと同型であって、上で見たようにそのテンソル積もの形をしていますから、内積さえよっぽど変な定義をしなければ完備性についてはあまり考えなくて良さそうな気がします。しかし一般のヒルベルト空間になれば、内積を以下に示す方法で定義したとして、テンソル積がその内積から誘導される距離に関して完備になるかどうかはわかりません。有理数体から実数体を構成するとき、デデキント切断の方法と、直感的に言えば「コーシー列そのものを数と見る」という二つの方法がありました。ヒルベルト空間に関しては、後者の方法を用います。

 

まず、ヒルベルト空間の代数的テンソル積をと言うように、をつけて表すことにしましょう。に於ける内積を

で定義し、これを線型性により拡張します。証明は難しくありませんが、これが本当に内積を定めているかどうかはここでは確かめません。この内積から誘導される距離を基に、以下にヒルベルト空間のテンソル積を構成します。一般の距離空間のコーシー列、即ちからへの写像で、

となっているもの全体をと書くことにしましょう。に於ける同値関係を

で定義します。この同値関係による商集合を、の完備化と言います。の元の和やスカラー倍は、自明な方法により定義します。ヒルベルト空間のテンソル積についても、内積から誘導される距離が定義できるので、この距離によって完備化でき、これをヒルベルト空間のテンソル積と言い、と書きます。

 

参考:

Atiyah-Macdonald 著 新妻 弘 訳「可換代数入門」

新井朝雄 江沢洋「量子力学の数学的構造」