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代数幾何の考え方 其の二

準同型写像と準同型定理

 

代数学で基本的な概念であり、色々なことを証明する時に空気のように使われる道具でもある、準同型写像について軽く触れておきましょう。環の準同型とは、直感的に言えば環の和と積の構造を保ったまま別の環に埋め込む(単射とは限りませんが)ような写像のことを言います。正確な定義を述べると、環からへの写像が準同型であるとは

の三条件が任意のに対して成り立っていることです。準同型写像が全単射の時、これを同型写像と言います。準同型の核を、即ちに行くの元全体とすると、実はこれもイデアルになっています。この事実の証明は本当に簡単なので是非自分でやってみて下さい。

 

準同型定理と呼ばれる定理は幾つかあり、それらの総称として準同型定理と呼んでいるのですが、その中でも代表的な一つの定理を紹介しておきます。

 

第一準同型定理:

からへの準同型写像に対し

が成り立つ。

 

ここで、記号はこれら二つの環の間に同型写像が存在することを言い、この状況を、二つの環は同型であると言います。これは写像そのものより環の構造に注目した言い方です。実は、であることと、準同型が単射であることは同値であることが示せます(結構簡単です)。準同型定理の証明は代数学の教科書に任せますが、イメージとしては、が零イデアルでないということは準同型写像が「ダブついている」感じで、これで元の環を割ることにより「ピシッとさせる」感じです。

 

極大イデアルと体

 

のイデアルが極大イデアルであるとは、であって、且つなるイデアルのみに限ることを言います。要するに、そのものでないイデアルの全体よりなる集合の、包含関係を半順序とした場合の極大元です。詳しくは説明しませんが、そのものでないイデアルの全体よりなる集合の任意の全順序集合(即ち、一般に非加算無限個の包含関係を持ったイデアルの列)はの中に上界を持つことが示せ、よってツォルンの補題により任意の環には極大イデアルが存在します。

さて、実は、体はそのイデアルで特徴づけることができます。もし体のイデアル以外の元を含んでいれば、それは単元なので、イデアルの定義によりの元全てを含みます。つまり、体のイデアルは以外にあり得ません。逆に、環以外にイデアルを持たないとき、に対してを考えると、これは以外になりようが在りません。よって、適当ながあってとなります。つまり、環が体であることと、自明でないイデアルを持たないことは同値です。環を極大イデアルで割ってみると、イデアルを含むイデアルはないわけですから、は自明なイデアルまたはしか持ちません(ここでは直感的な説明に留めましたが、この事実は、準同型定理の他のバージョン、つまり剰余環のイデアルと元のイデアルとの対応関係を使うとちゃんと証明できます)。これはまさに、が体になることを言っています。

 

ここまで暫く一般論が続きましたが、整数環で例を見てみましょう。その任意のイデアルはの形で表されるのでした。

と有限集合で表せる環ですが、例えばとしてみるとでなり、は整域でないことが分かります。一般に、が素数でない場合はは整域にはならず、これは整域でない環の代表例にもなっています。逆に、が素数の場合はどうでしょうか?この時、は素イデアルです。鋭い読者は気が付いたかもしれませんが、素イデアルの定義と整域はどことなく似ています。つまり、素イデアルは、積の演算に関してその外の元を締め出しているイデアルですが、整域は、零でない元同士の積がになることはない環のことでした。この条件から直ちに、環の零イデアルが素イデアルであることと、が整域であることが同値であると言えます。さらに一般化すると、環をそのイデアルで割った剰余環が整域になることと、が素イデアルになることは同値になっています。体は整域なので、「が極大イデアルが体が整域が素イデアル」という図式が成り立ち、よって極大イデアルは素イデアルでもあることが分かりました。一般の環では、極大イデアルは必ずしも素イデアルになるとは限りませんが、素数に対して整数環の素イデアルは極大イデアルにもなっています。実際、(狭義の包含関係)とすると、の倍数でない元を含む訳ですが、は互いに素で、よってユークリッドの互除法によりを充たす整数解が存在します。これはまさに、イデアルを含む、即ちであることを言っています。よって、の極大イデアルであり、を素イデアルで割った環は体であることが分かりました。実は一般に、単項イデアル整域なら素イデアルは極大イデアルでもあることが示せます。このようにして体であることが分かったを素体(或いは有限体、ガロア体などとも)と呼び、などと書きます。この体は、代数学で重要な体のうちの一つでもあります。例えばの時、の逆元はの逆元はの逆元はの逆元はとなっています。

 

ヒルベルトの零点定理

 

のイデアルに対して図形を対応付けて、また図形に対してを対応付けることで、必ず元のに戻ってくれるなら簡単のですが、そうとは限りません。例えば、適当な複素係数の既約多項式に対してとなることは簡単に確認できます。左の式を見ると、何乗かしてイデアルに入るような多項式の全体よりなる集合を考えれば良さそうです。そこで、イデアルの根基を以下に定義します。

イデアルに対してその根基も、実はイデアルになります。少し工夫すれば証明できるので、代数学の本を見る前に自分で考えてみるのもいいかも知れません。素イデアルに対してその根基を考えてみましょう。素イデアルの定義は、ならを充たすイデアルのことでした。この定義から、もしならの元ではないことが言えます。これをどんどん繰り返して、は何乗してもに入れないことが分かり、よって素イデアルの根基に等しいと結論できます。

 

上の観察と合わせると、もしかしたら

が成り立って、特に素イデアルに対しては

が成り立ってくれるのではないのか?そして、多項式環のイデアルの中でも、特に素イデアルだけ考えれば都合が良いのではないのか?という期待が湧いてきます。これに肯定的に答えるのが、ヒルベルトの零点定理です。

 

ヒルベルトの零点定理:

を代数閉体、のイデアルとする。この時、が成り立つ。

 

が代数閉体であるとは、任意の係数の変数多項式に対してあるがあってが成り立つ体のことです。例えば、複素数体は代数閉体です(代数学の基本定理)。ヒルベルトの零点定理の証明をちゃんと理解するにはある程度の努力が必要ですが、主張そのものはそんなに難しくなく理解できると思います。ヒルベルトの零点定理は、既約な代数的集合と多項式環の素イデアルの一対一対応を言っており、これにより、図形という対象を、代数学の言葉にすり替えて記述することが可能となるのです。

 

例えばの原点について、今まで学んできたしたことをフルに活用して調べてみましょう。上の一変数多項式環の元にを代入しての元を対応付ける写像について、足したり掛けたりしてから代入するのと、代入してから足したり掛けたりするのとでは、対応付けられるの値は変わりません。つまりこれらの操作は可換であると言えます。よっては準同型写像であって、さらに、明らかにこれは全射なのでです。その核はと書ける元の全体なので、まさにこれはイデアルのことです。よって、準同型定理によりが分かり、は体なのでは極大イデアルです。任意の極大イデアルは素イデアルであることから、は素イデアルです。準同型定理はこのように、あるイデアルの性質を考えたいとき、そのイデアルが適当な環への準同型の核になるように写像を構成して適用する、などというような使い方をします。が素イデアルであることから、直感的には当たり前ですが、の部分集合でを充たすもの、即ち複素平面の原点は既約な代数的集合であることがわかります。同じような考え方で、体上の変数多項式環の、点に対応するイデアルも極大イデアルであることが分かります。では逆に、体上の多項式環の極大イデアルは必ずという形に限られるでしょうか?そこで、実数体上の一変数多項式環を考えてみましょう。という形をしたイデアルに対し、は一次式の積で表せません。つまり既約元です。これは、は素イデアルであることを言っています。は単項イデアル整域なので、は極大イデアルでもあります。このような観察から、が代数閉体であれば大丈夫そうな気がしてきます。実際、これは正しくて以下の定理が成り立ちます。

 

定理:

を代数閉体とする。この時、の極大イデアルはという形をしたものに限る。

 

この定理は純代数的な証明もできますが、ヒルベルトの零点定理と「体上の多項式環はネーター環である」という事実を基礎にして、比較的直感的に考えることもできます。環の、包含関係を持ったイデアルの列のことを昇鎖列と言いますが、がネーター環であるとは、任意の昇鎖列が途中で止まる、即ち必ずあるがあってとなることを言います。実は、この条件は「の任意のイデアルが有限生成である、つまり必ずある有限集合があっての形をしている」という条件と同値になっています。よって例えば、単項イデアル整域はネーター環です。さらに、ネーター環上の多項式環はネーター環であることが証明でき(ヒルベルトの基底定理)、よって、体上の一変数多項式環は単項イデアル整域であったことを思い出すと、単項イデアル整域はネーター環なので、帰納的に上の変数多項式環もネーター環であることが分かります。或いは、体そのものが単項イデアル整域であるので、よってその上の多項式環もネーター環であるという見方もあります。これを認めると、ならばは明らかですから、ヒルベルトの零点定理により、が代数閉体であればの極大イデアルはの極小な閉部分集合、即ち点に対応しなければならないと言えます。それに対応するイデアルはであり、定理が導かれます。

 

環のスペクトラム

 

本記事の最後に、代数幾何の現代的な考え方では、具体的にの既約部分集合の代わりに、どんな代数的な対象にすり替えるのかということを軽く説明して締めくくることにしましょう。

 

の既約多項式により定義される多様体を考えてみましょう。既に述べたように、のイデアルはを含むイデアルに対応します。これは幾何学的には、のイデアルがに含まれる代数的集合に対応していることを言っています。今まで考えてきたことに基づけば、を含む極大イデアルはまさに、に含まれる点に対応している訳ですから、素朴には環の極大イデアル全体の集合

を考えるのが良さそうです。しかし、上で定義された集合は、代数幾何学を展開する上であまり良い性質を持っておらず、諸都合により、環の素イデアル全体の集合

を代数幾何学では考えます。は幾何学的には、の場合ならばに含まれる既約な代数的集合に対応しています。代数幾何学では、にザリスキ位相に対応する位相を入れたり、さらに「層」と呼ばれる対象を考えたりしたものを素スペクトラムと呼び、の代数的集合という素朴な対象の代わりに、ある条件を充たすスペクトラムのことを「多様体」と呼んで研究していきます。

 

参考文献:

Atiyah-Macdonald「可換代数入門」

ハーツホーン「代数幾何学」